| 名称 | 土御門家墓所 |
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| よみがな | つちみかどけぼしょ |
| 指定区分 | 県指定 |
| 種別 | 記念物 史跡 |
| 時代 | |
| 所有者所在地 | おおい町名田庄納田終 |
| 所有者・管理者 | 納田終史跡会 |
| 員数 | |
| 指定年月日 | 昭和32.7.30 |
| 指定番号 | 福井県第80号 |
| 構造形式・法量 | |
| 公開状況 | |
| 交通案内 | |
| 公式リンク |
| 文化財解説文 | 応仁の乱の戦火を避けて京都より移住した陰陽道宗家安倍家3代(安倍有宣・永正11年(1514)没、安倍有春・永禄12年(1569)没、安倍有修・天正5年(1577)没)の墓所である。墓所は谷間にあって、2基の五輪塔とその中間に自然石の墓標が建てられている。 安倍家は天文道を主として暦を編纂する家である。また、土御門家とはその称号である。左大臣安倍倉梯麻呂を祖とし、平安時代の天文博士安倍晴明以降は代々天文陰陽を家職とした。 慶長5年(1600)まで、安倍家は名田庄で暦作りに携わったが、その年、京都倉橋家に居を移している。 |
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