| 名称 | 宝篋印塔 |
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| よみがな | ほうきょういんとう |
| 指定区分 | 県指定 |
| 種別 | 有形文化財 歴史資料 |
| 時代 | 南北朝時代 |
| 所有者所在地 | 小浜市 |
| 所有者・管理者 | 和久里区 |
| 員数 | 1基 |
| 指定年月日 | 平成8.5.31 |
| 指定番号 | 福井県指定第297号 |
| 構造形式・法量 | |
| 公開状況 | |
| 交通案内 | |
| 公式リンク |
| 文化財解説文 | 宝篋印塔は、墓塔・供養塔などに使われる仏塔の一種で、もとは密教系の石塔であったが、鎌倉期以降は宗派を超えて造立されるようになった。滅罪や延命などの利益から、供養塔、墓碑塔として、五輪塔とともに多く造立された。 和久里区の宝篋印塔は西方寺の境内に立ち、市の塔と称されている。塔の造建者はもと南朝の代官として小浜に住した長井雅楽介である。当初の造建場所は分かっていないが、上市場から永三小路に、明治6年(1873)に現在地に移されたという。延文3年(1358)造立の銘文が残る。花崗岩製。総高約3.5m。 |
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